しあわせだよ
痛み止めの種類が増えたためか、母は意識がはっきりしないようになってしまった。
話しかけても反応がにぶい。目にいつもの生気がない。
痛みに耐える様子を見ているのもついらいけど、ぼんやりして別人のようになっているのを見るのもつらい。
退院して、うちに来てからまだ2週間。
その時はまだ歩くこともできたし、自分で食事をすることもできた。トイレにも自力で行っていた。
それがいま、ひとつもできない。毎日、想像以上の速さで弱っていく。
今日は朝一番に様子を見にいくと、いつもの母の顔だった。
今日は意識がはっきりしているなと、安心したのもつかの間、そこに苦悶の表情が見て取れた。
「痛い?」と聞くと、苦しそうにうなずいた。
意識がはっきりしているということは、薬が切れたということなのだった。
私があわててかけよると、苦悶の表情を浮かべながら母は言った。
「しあわせだよ」
「えっ…?」
言ってることと表情がまったく違うので、一瞬なにを言われているかわからなかった。
けど、次の瞬間、うっかり泣きそうになった。
これでよかったのかな、在宅医療でよかったのかな、と、日々想像以上のスピードで衰弱していく母を見て考え続けていた。母のためには入院してプロの医療スタッフにすべて任せた方よかったのではないかと。
でも、しあわせなら、よかったよ。