ラストダンスは私に

母の介護日記です

はじまり

この春、母の介護生活が始まった。

一人暮らしをしていた母が体調不良を訴えて入院したのが3月の終わり。

精密検査の結果、診断は膵臓癌

すでに末期で、手の施しようがない状態だった。

84歳という高齢のため、積極的な治療はしないことに。

あの頑丈だった母が、いつの間にそんなことになっていたなんて。

 

診断を聞き終えて病室に戻ると、

母は自分の病気について何も尋ねてはこなかった。

だから私も何も言えなかった。

 

「今な、自分のかあちゃんのことを考えてたんだよ。

頭の中で、ずっと故郷を歌ってたの。

うーさーぎ おーいしって。

・・・うさぎって、おいしいのかなあ」

場をなごませようとしたのか、どうなのか。

でも、自分の病気について察したに違いない。

 

私が帰り支度を始めると、母は言った。

「おまえのごはんはやっこくておいしいからさ、

退院したらおまえの家に行っていいかなあ?」

総入れ歯の母は固いものが苦手。

だから、うちに来た時はいつも柔らかめにご飯を炊いてあげていた。

心持ち上目使いで私を見る母の顔は、入れ歯を入れていないので、

まったくもって漫画に出てきそうな梅干しばあさんだった。

でも、私にはなぜか小さい子供に見えて仕方なかった。

 

この人の願い、たぶんそれは

安心できる場所で、好きなものを食べることなんだ。

家族と一緒に。

 

「いいよ。…もう仕方ないなあ」と、

反抗期だった頃の声色で答える私に、母は安堵の表情を見せた。

 

そんなわけで、一人暮らしの家に母を引き取り、

最後の時間を一緒に過ごすことに決めました。

同時に、5年半勤めた会社も辞めました。

とても大事なものに向き合うために。

それが何かはわからないけど。

 

奇しくも平成という時代の終わりに、

私の中でも一つの大きな時代が終わり、

新しい何かが始まろうとしています。